サステナビリティの潮流を受け、企業による「人権リスク」への対応の重要性が増しています。
差別、ハラスメント、強制労働、児童労働、プライバシー侵害をはじめ、さまざまな人権課題への対応は待ったなしです。
企業の人権を担当するサステナビリティ推進部は、役員や関係部署、ステークホルダーとの調整に追われることもあるかと思います。
本稿では、社内外の会議で、人権担当者が人権リスク対応の必要性をロジカルに説明できるよう、人権リスクと企業経営の関係性について、5つの類型で紐解いて解説しています。
また、この記事を読めば、「メディア報道で人権リスクについて見聞きする機会が増えたものの、それがビジネスにどう関係するのか?」といった、よくある疑問を解消することができます。
できるだけわかりやすく丁寧な説明を心掛けていますが、内容に関してご質問等ございましたら、問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。
人権リスクとは
人権リスクとは、企業活動によって個人や集団の人権が侵害されるリスクです。
メディアでも見聞きする機会が増えたかと思いますが、企業活動がもたらす人権侵害の例として、サプライチェーン上で労働させられる子ども、資源開発で居住地を追いやられた地域住民、ハラスメントに苦しむ従業員といった問題が挙げられます。
人権リスクは企業自体への直接的なリスクではなく、「人」が悪影響を受けてしまうリスクであると言えます。
とはいえ、人権リスクを放置したり、中途半端な対応をした結果として、企業が大きな損失を被ったりと、人権リスクと経営リスクの関係性は高まっています。
以下、人権リスクがもたらす経営リスクについて、5つの類型に分けて詳説します。リスクマネジメントにおいて、リスクとは機会と脅威の両方を指しますが、本稿では脅威の側面に焦点を絞っています。
また、「そもそも、人権リスクとは何か?」という疑問をお持ちの場合、こちらの人権リスクについての解説記事も併せてご覧ください。
人権リスクとは、企業活動によって個人や集団の人権が侵害されるリスクです。 例えば、サプライチェーン上で労働させられる子ども、資源開発で居住地を追いやられた地域住民、ハラスメントに苦しむ従業員など、「人」が悪影響を受けてしまうリスクであると言えます。 人権リスクの例 企業が関与する可能性のある人権リス...
1. レピュテーションリスク
たとえ過失であったとしても、結果的に人権侵害に関わってしまった企業は、直接的な批判の対象となります。
NGOの報告書やウェブサイト、記者会見などで、企業が名指しで批判されることも珍しくありません。その事実をメディアが新聞やテレビで報道し、ソーシャルメディアで瞬く間に拡散されます。
「この企業の製品やサービスは、人権侵害とつながっている」というレッテルを一度貼られてしまうと、ステークホルダーからの信頼回復は容易ではありません。
企業のレピュテーションは大きく下がってしまい、ブランド力は低下してしまいます。また、ソーシャルメディアで不買運動が呼びかけられるなど、売上への直接的な影響もありえます。
2. 法務リスク
欧米を中心に、企業に対して人権尊重責任を果たすよう求める法整備が進んでいます。
違反した場合は訴訟提起、輸入差止め、罰金などの法的責任が課されます。
規制や罰則はさまざまですが、大きく以下の4つの類型で整理することができます。
類型 | 概要 | 国・地域 |
---|---|---|
輸入規制 |
新疆ウイグル自治区など、特定の地域からの輸入品が、強制労働で生産されたものではないことを証明するよう、企業に対して説得力のある証拠を求める法律です。 米中間の外交武器としての側面が強く、企業にとってハードルの高い義務が課される傾向にあります。 |
米国、カナダ |
マグニツキー |
人権侵害に関与した個人や組織を特定し、その資産を凍結し、入国を禁止する法律です。 企業は、取引関係に制裁対象者が含まれていないか、確認する必要があります。 |
米国、カナダ、英国 |
情報開示 | 自社の事業活動とサプライチェーンにおいて、奴隷労働や人身売買の根絶に関する方針と実践に関する情報の公開を求める法律です。 | 英国、オーストラリア、カルフォルニア州 |
人権DD |
人権リスクを予防するための一連のプロセス(人権デューデリジェンス)の企業に対して義務付ける法律です。 違反した場合、売上高に応じた罰金などの法的責任が発生する場合があります。 |
フランス、ドイツ、オランダ、EU |
日本では、経産省が「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」などを策定し、人権方針の策定・人権デューデリジェンスの実施、救済のメカニズムの構築を促しています。
中小企業への配慮から、経産省は法的拘束力のないガイドライン策定に留まっています。ただし、超党派の議連が、人権デューデリジェンスの法律制定を提言するなどの動きもあり、日本でも法規制の動向を注視しておく必要があるでしょう。
3. 財務リスク
国際基準に則り、企業の人権を尊重する責任を果たすことが投融資の呼び水となる一方で、故意であれ過失であれ、人権侵害に関わってしまうとダイベストメント(投資撤退)につながる可能性が高まっています。
投資の意思決定の際に、財務情報に加え、環境・社会・ガバナンスの切り口で企業を評価する手法をESG投資と言います。「S:社会」の要素は、例えば労使関係、サプライチェーン、地域社会との関わりなどが評価されることもあり、人権の尊重とも密接に関係しています。
サステナビリティに根差した経営を行う際、気候変動対策など「E:環境」に関する取り組みを推進している企業は少なくありません。一方で、社会への取り組みは十分とはいえないのが現状です。実際に、国際NGO(Corporate Human Rights Benchmark)の格付けでは、日本企業の人権への取り組みは相対的に低い評価がなされています。
ESGを考慮した投資活動を宣言する機関投資家の数(PRI署名機関数)や、日本や欧州でのESG投資額が毎年増加していることを考慮すると、人権への取り組みが資金調達の有力な機会となりつつあると言えます。一方で、ESG投資の環境の要素において化石燃料関係の事業が投資対象から排除されたように、人権尊重と逆行する取り組みを行う企業からは、資金が引き上げられてしまう可能性も高まってくるでしょう。
4. 人的リスク
本稿のテーマに沿って、ここでは人材の獲得や流出に関するリスクについて解説します。
少子高齢化で労働人口が減少している日本社会において、企業の人材不足の深刻化は想像に難くありません。この問題意識を背景に、多くの企業では業務効率化やIT技術の活用などさまざま対策が取られています。
そんな中、優秀な人材の確保と離職の防止を期待し、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)が日本企業においても普及し始めています。DE&Iとは、企業で働く人の多様性を尊重し、公平な環境を整え、あらゆる人が活躍できる組織を目指す考え方です。
DE&Iは人権の尊重に根差した考え方であり、例えば、採用プロセス・給与と昇進における公平性や、外国人労働者や障害者の包摂性、ジェンダー多様性などはいずれも人権の範疇となります。
若い世代はDE&Iへの関心が高い傾向にあり、DE&Iに消極的な企業に対してネガティブな印象を持つ傾向にあると言われています。
経団連の調査では、9割以上の企業がDE&I推進が重要であるとの認識を示しています。DE&Iへの取り組み、すなわち人権リスクへの対応を怠った企業は、サステナビリティの潮流の中で取り残され、人手不足による経営難に陥りかねません。
5. 戦略リスク
ここでは簡易的に、戦略リスクとは「企業を取り巻く環境の変化がもたらす業績への影響の度合い」とし、市場シェアの喪失と競争力の低下の2つの観点で解説します。
市場シェアの喪失
欧米を中心に企業の人権尊重に関する法整備が進んでいることは上述のとおりです。例えば米国では、新疆ウイグル自治区からの綿製品、トマト、太陽光パネルに加え、新たにリチウムイオン電池、タイヤ、自動車部品用のアルミニウムについても厳重な検査の対象となっており、輸入差し止めのリスクが広がっています。今後、NGOの調査によって新たな事実が判明するなどし、さらに輸入規制の対象となる製品が増加する可能性は十分にあります。
また、多くの日本企業が事業を展開するタイ、マレーシア、インドネシアなどアジア地域でも、国別行動計画が策定されるなどゆるやかな義務化の傾向にあり、動向を注視しておくことが肝要です。
このように、グローバルに事業を展開する企業は、人権への取り組みが不十分なままではサプライチェーンから締め出されるおそれがあり、適切に判断しなければ国単位の大きな市場の損失につながりかねません。
競争力の低下
BtoB企業にとって、大手の取引先と良好な関係を築くことは、競合他社よりも優位に立つために欠かせない要素のひとつです。
ステークホルダーからの注目度が高い大手企業にとって、取引先の人権問題は自社の信頼にも悪影響をもたらすため、「サプライヤー行動規範」や「CSR調達ガイドラン」などを設定して取引先にも人権尊重を求める取り組みが活発化しています。また、人権尊重を取引開始の条件とする動きも一部の企業で見られます。
大手企業と取引する企業は、人権尊重の取り組みを後手に回してしまうとインセンティブを逃すリスクがあると言えます。
BtoC企業にとっては、上述のレピュテーションリスクが自社の競争力に大きく影響することは言うまでもありません。
特に、SDGs教育を受けたミレニアル世代とZ世代は、企業の社会的責任を重視する傾向にあります。同世代におけるソーシャルメディアの高い利用率も相まって、自社の人権問題が顕在化すれば瞬く間にその製品やサービスは倦厭されることになるでしょう。
同世代が自社製品やサービスの主な消費者層である企業にとっては、まさに死活問題であると言えます。
さらに詳しくビジネスと人権を学ぶ
日本社会では、ビジネスと人権の具体的なノウハウが蓄積されておらず、多くの企業を悩ませています。
当社の専門家はこれまで、国際人権NGOにて数多くの人権プロジェクトに従事し、また、外資コンサルファームにてグローバル企業の人権尊重経営を支援し、ビジネスと人権に関する専門性を蓄積してきました。
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